バーゼル

koizumi [99.10.25_14:49]
2週間のごぶさたです。いまバーゼルから帰ってきました。東京はあったか。10000メートル上空からの富士山はやっぱり美しい。もう24時間寝てない。さて、毎年10月にはバーゼルに帰って、小さなレクチャーとプレゼンテーションをします。これが終わると今年もわずか。 チャットのほうはぼくがいなくても、もう少し話がはずんでいると思っていましたが。。。(やはりリアルタイムでないとのらないのかなぁ?) ところで、バーゼルの学校は昨年とずいぶん様子が変わっていました。
1 ひとつはカリキュラムというか、ぼくの行っていたコースがなくなり、グラフィック(コース)全体のシステムが変わりました。くわしくは後日きちんとしたかたちでサイトに載せます。(つまり1997/2月号の「デザイン留学のススメ」に載せた記事に変更があります)この8月からの新カリキュラム1年生で、早稲田大学卒業の阿部宏史(ひろふみ)さんががんばっていました。
2 もうひとつはぼくの恩師ワインガルトが”TYPOGRAPHY”The Ten Chapters: My Way to Typographyという本を完成させる寸前でした。日本でもすでに広告されていますが、最終のツメですので「もうちょっとお待ち」っというところでしょうか。この本は彼の人生と学校とタイポグラフィの全てが一冊にまとめあげられているものです。1992年に『デザ現』にぼくが「タイポグラフィ・カルト編」でバーゼルのワインガルト・クラスを紹介して7年たった今、ついに完成です。彼のバーゼルでの教師生活も残りわずかですが学校への有終の美を残すといったところでしょうか。ぼくの作品も146/147ページ2ページにわたって載ります。(本邦初公開)たのしみたのしみです。


はち [99.10.26_12:28]
1999/2月号を探してる最中でまだ読んでいないのですが、そのバーゼルの学校最新情報について知りたいので、サイトに載るのを楽しみに待っています。また、阿部宏史さんについて知りたいです。OBにお話をお聞きしたいです。最近、マイペースに頑張ろうと思うので、これからもこのチャットに参加させてください。よろしくお願いします。


koizumi [99.10.26_17:44]
バーゼルの学校情報はちょっとまってください。ジェット・ラグと雑用に苦しむぼくです。 阿部さんはほんとたいへんのようでした。今年から授業のことばはドイツ語が多く、大学での専門は文学部で美術史学だったそうです。今年の留学生はたった2人。でも。がんばれー。ここは留学相談所ではないのでこのへんで。 そして、ぼくが知っている限りで、いままでに純粋の日本人は4人。夫婦で在籍された鏑木耐二/ユキ江さん。あと二人は女性で、美大を卒業してこられた江川洋子さん。もうひとりは(当時)お話をしたことがありませんが、現在オランダのstudio dumbarで仕事をされていた田川かよさん。以上です。日系アメリカ人はもっと多くいると思います。 そう、とにかくマイペース。step by step。



2038 [2000.4.19_10:46]
Nummer zweitausend achtunddreissigです。 史上の出来事として追うと、やはりTypographyもとてつもなくデカイ話になってしまいますが、とりあえず勉強し始めたところです。 以前、Film Design: Peter von Arxを紹介していただきましたが、ちょっと日本では手に入りにくいようです。他に何かまた映像などと絡めた本があれば教えていただきたいです。



51 koizumi [2000.10.31_21:25]
スイスでのぼくの授業はとりあえず今年は成功に終わりました。英語で朝から晩まで講議、課題提示、講評やるとボロボロです。それとぼくの本は向こうでは意外に好評で、ワインガルトも授業で紹介してくれました。(みんな日本語が読めないのに???)この23日からバーゼルの学校はFHBBという大きな大学の中のHGK Baselという新しい学校組織になり、ぼくの授業はそこでの一番はじめの授業ということになりました。さて、チャットはあまり盛況でないようですが、



115 渡辺聡哉 [2001.1.23_12:29]
実際の仕事の中で、個人的な思想を入れ込める所は素晴らしいです。私は、チラシ的なインフォメーションのような仕事ばかりなので、どちらかというとお客さんにその主導権があります。さて、話は変わりますが、スイスのバーゼルにも新聞折り込みのようなチラシ類というのは存在するのでしょうか?そして、もしあるとしたならそれらには、スイスタイポグラフィの思想が生きているのでしょうか?お聞かせ頂ければ幸いです。


116 koizumi [2001.1.23_20:29]
チラシの仕事も重要です。ただ少しづつ自分の軸をつくることが大切だと思います。Basler Zeitung(バーゼル新聞)の中にはチラシは入っておりません。ただフライヤーはたくさんあります。Dennerというディスカントショップから市立シアターまでいろいろです。たとえば市立シアターの付属のようなStadtkino(市立映画館)のフライヤーはきちんとしたタイポグラフィつまりデザイナーが見ているようです。ただ渡辺さんのいうスイス・タイポグラフィがブロックマンやルダーのようなものと思っているのでしたら、ちょっと違うと思います。思想が生きているということであれば、そうかもしれません。少なくても日本よりは。。。ただ、広告とグラフィックデザインは違います。日本では同じ人たちがやっていますが。。。


117 渡辺聡哉 [2001.1.24_12:20]
こんにちは。なるほど。スイスでは日本と状況が違う事がわかりました。ありがとうございます。ところで、ノイエグラフィックと先生の師であるワインガルトのスイスタイポグラフィというのは違うものなのですね?自分で調べてみることにします。



T47 koizumi [2000.11.20_8:47]
そうですね。スイス・タイポグラフィは奥が深いのです。単に流行りではないし、表面的にミニマルっぽくって、なんかそれっぽいCDジャケットでは終わらないのです。いいですね。何かにインスパイアされることは。。。ぼくは今ベートーヴェンとか、モオツァルト。。。ワインガルトはレクチャーでベートーヴェンの楽譜を見せてませんでしたか?3年前あたりからワインガルトとは夕食しながらこんな話ばっかり。タイポグラフィは文字だけではない。やっぱり心がなくてはね。ぼくの本ではちょっとふれてますが、タイポグラフィとアートは切っても切れない。寿司だって、芸術的な寿司があるでしょ。(装飾的創作寿司ではなく、江戸前寿司の真髄。)とにかく、がんばってNYで君しかできない本質的なタイポグラフィ目ざしてください。


T48 0431 [2000.11.20_16:25]
50年60年の『TM』はやっぱりありませんでした。でも、その代わりに58年から62年までのNew Graphic Designを見つけました。表紙はいろんなところで見れるけど、中身を見たら内容もこれでもかってくらいスイスタイポグラフィ全開でした。今日はバーゼルに留学してたという学校の先生に会ったのでもうちょっと話をしてみたら、ワインガルトが若かった頃に教わって、ホフマンに5年くらい教わってたということでした。小泉先生の名前は分からないと言っていたので、きっと時期が違うのでしょう。うちの先生はけっこうなおじさんなので。Niggliから本を注文した話をしたら、その名前を久しぶりに聞いたと言って、ワインガルトの最初の本を貸してくれるという約束をしてくれたので楽しみです。


T49 koizumi [2000.11.20_20:46]
0431さん、Neue Grafikは収穫です。その先生とは学校にいた時期が5〜10年ぐらい違うのでしょう。でも年はそんなにかわらない。ぼくは30過ぎてからバーゼルに行ったので。おそらくProjects Projekte Volume 1でしょう。よかったですね。きっと、その先生はNiggli黄金期を知っているのでしょう。スイスの出版社といったら、NiggliかABCだった時代です。


T50 2038 [2000.11.21_2:40]
私も『Macro+Micro』買いました。あれはアメリカで昇華・消化されたスイス・タイポグラフィなのでしょうか?スイス・タイポグラフィというと私は複数言語表記というイメージが強いです。あの本は英語だけですよね?ワインガルト氏のはドイツ・英語並記ですよね。さらに私は、日本における日本語・朝鮮語・英語並記を夢見ています。多言語並記、複数言語表記についてどうお考えですか。私はジャズを始めてからタイポグラフィの見方が変わったように思えます。以前も書きましたが、特にドラムにインスパイアされ、ベートーベンはどう見たか知らないけど、何とか五線譜を上から見たい(異次元?)と思っています。


T51 koizumi [2000.11.22_9:16]
ルダーの『タイポグラフィ』は他のデザインやタイポグラフィの洋書と違って絵だけを見て楽しんだり、創作に直接参考にする本でないのです。さて、Kunz氏とはぼくは直接面識はありません。しかしバーゼルの学校で教師をしていた人です。スイス・タイポグラフィを多国語の表記や組版と考えるのは少し固定的だと思います。しかしもちろん重要な要素ではあります。日本語と他のアジアの言葉のプロジェクトはぼくも帰国してすごやりたかったものですが、いまだに何もできていません。今年3年に韓国の学生がいますので、やっとマックのOS-Kを入れて始めています。過去には確か杉浦康平さんがユネスコアジア文化センターの仕事で実際やられていたような気がします。話はかわりますが、ぼくの本読んでいてくれてありがとう。とにかくところどころにヘンナ日本語いれてます。「昇華・消化」もそのひとつ。これってすごい量の同音異義語。Kunzさんは渦中の人ですから、それとはちょっと違うと思いますが。。。おまけ。ジャズは実は今ぼくにとって新開拓地です。今年タンノイの古いスピーカーを手に入れたのでそれに狂喜してます。若いころのマイルスはやっぱりすごい。うん、それとやっぱり、モオツァルトのヴァイオリン・コンチェルトだよね。毎日よい音楽を聞きながらながら仕事仕事。


T52 0431 [2000.11.22_16:36]
アルファベットはやはり外国語なので、ダイレクトではないけど日本語でルダーの本やワインガルトの本があればもっとlegibilityとreadabilityについて理解しやすいだろうと思います。小泉先生が言うように日本語で練習と実験してみようと思います。日本語のまだらさが面白くなりそうです。


T53 koizumi [2000.11.25_21:52]
やはり日本語は複雑。きっと日本語のlegibilityの研究にはちょっと違った発想が必要。ルダーの本やワインガルトの本にはちょっと直接的な答えはないと思います。


T54 0431 [2000.12.8_14:45]
今日はNiggliからHofmannの本が届きました。ルダーもワインガルトもホフマンも本の内容がみんな似てるのは、自分でやった練習を本にしてるのだと感じました。同じ物の違うバリエーションみたいですね。


T55 koizumi [2000.12.9_22:06]
そう、みんな似ている。でも自分でやった練習だけではないと思いますが。。。バーゼルはいつの時代もひとつ軸が存在しています。大変不思議なところです。機会があったら訪れてください。でも、ちょっと寄ったぐらいではわからないかもしれません。きっと、場所でなくてバーゼルの人々に謎が隠されているのかもしれません。あと、ヴァリエーションとは良い着眼点です。じっくり読んでください。


T56 0431 [2000.12.22_4:03]
またも面白い物をCooper Unionのタイポ学部で発掘しました。1986年にあった展覧会のカタログなんですけど、その名も「The Basel School of Design and its Philosophy: The Armin Hofmann Years, 1946-1986」です。ポスターの展覧会の様で、バーゼルの先生達のポスターが載っています。Hofmannはもとより、Ruder, Buchler, Gurtler, Schmid, Weingartといった人達の作品が並んでいます。残念ながらかなり前なので、見れなかったことでくやしさはあまり湧いてこないのですが、実際に見てみたかったです。


T57 koizumi [2000.12.22_9:14]
すばらしい。それってどこで展覧会したのですか?Cooper Union?発行はどこですか?それはぜひ見たいです。バーゼルの黄金期ですね。もし見たければPhillipeに聞いてください。


T58 0431 [2000.12.22_11:48]
展覧会の場所はMoore College of Art, Rhode Island School of Design, Virginia Commonwearth Universityであったようです。バージニ意外はどこかも検討もつきませんが、、、50ページ弱の白黒のソフトカバーのカタログなんですけど、まだ在庫もありそうだったので欲しかったら送りますよ。たしか$25だったと思います。カタログに実物のサイズが出てるんですが、やっぱりリアルサイズで見ないとポスターの文字やイメージの見え方が違ってくると思うので、カタログは白黒だし、またどこかでやってほしいです。


T59 koizumi [2000.12.23_20:31]
0431さん、ありがとうございます。ぜひお願いします。いつかあえる日まで持っててください。そのほうがなんかいいでしょ。



296 gabel/hirn [2002.5.5_22:17]
きのうここに書きこんでから、自分で書いたことが気になっていて、TYPOGRAPHIE/TYPOGRAPHYを読みなおしたりして、外にでて、そしたらまさに偶然に1960年1961年のTMが目にとびこんできて、何冊か手にすることができました。僕が思い入れが全然ない、と書いたことは要するにたいした意味をなさない感想程度ということで、僕に思い入れがあろうかなかろうが、かつて400年近くは活字で組んでいた、ということです。このhtypo.chatの場所は確認の場としてとてもいいと思いました。ふだんものをほとんど書かないし、もともとスイスとかルダーにはいりこんでいったきっかけをもう一度思いだしました。ただホフマンもいます。(Ruder TYPOGRAPHER/Hofmann GRAFIKER という人もいます。)しろいところと2038さんもいってますが、それをはじめ、そのようなことは分かっていたはずなのに、ここ2年位、頭のなかの一体どこにいってしまっていたのか。ルダーの本も、活字の取り扱いの可能性といった側面があるし、バーゼルの学校でもルダーからワインガルト、その生徒たちが、かつておこなっていたことの一つもまさにそこにあると思いました。余白にしろメッセージの重要な部分をしめるという以上のことで、だからこそ建築や音楽をルダーも引き合いにだす、ということ。あの本もバイブルでも参考書でもない、ということを思いかえしてみないと。ただバーゼルにしろチューリッヒにしろ、もう教育として、生徒に活字に関する最高の場所を提供することはもうできないと考えてカリキュラムを打ち切ったということもあると思うし、ワインガルトもそのような考えなんだと思います。そのような場で、活字やその歴史とどう向かい合えばいいのか、という姿勢は結局、ひとりひとりにゆだねられるはずです。僕の場合、そうは思ってこなかったのですが、ぬけていたのかもしれません。水泳訓練のように随分といろいろ学んだとは思っていたのですが、実はおぼれていたのかもしれませんし調子に乗るのはこわいことです。また活字、なんで、今、なんの意味が、という視点がなければ、タイポグラフィックホビーとしてはまた別とおもいますが、やらないほうがいいというようにも思うし、たとえば小泉さんのおっしゃるように「マックでデザインできても、実際くめないことがあるとおもいます。そこをやってみるのです。」のようなことがなければと思っていたので、小泉さんのおこなわれていることはおうふくびんたのようで脳震盪をおこしそうです。自分で何にしろやってみて造るひとが偉いんだ、と思います。


297 koizumi [2002.5.5_23:31]
gabel/hirnさん、「まさに偶然に1960年1961年のTMが目にとびこんできて、」どういう環境なのでしょうか?すっごく、うらやましいなぁ。「かつて400年近くは活字で組んでいた、」ぼくが言いたいこともまさしくこれ!つまり手書きの時代が最も長く、(タイポグラフィとしての)印刷としては活字が最も長く。この10数年ですべてが急激に変化しているのです。「このhtypo.chatの場所は確認の場としてとてもいいと思いました。」うれしい限りです。これからもそうありたいです。ぼくの使命でもあると思っています。いろいろな人たちが良い意味でも悪い意味でも自分のタイポグラフィの位置が確認できれば、それはすばらしいことです。きっと読んでいて違う意見をもっている人が多いと思います。それはそれでよいのです。ぼくも常にMoving onですし。「ここ2年位、頭のなかの一体どこにいってしまっていたのか。」すみません。相当ねんきが入っている方なのですね。ご無礼をお許しください。「ルダーも引き合いにだす、」ですね。やっぱり、すばらしい本です。「ワインガルトもそのような考えなんだと思います。」はい、いろいろな要因があります。「まだ時間はあるしやってみなさい、という思いです。」ぼくも実はまったくこれです。smtではもう一度、一からやってみたいのです。今度はひとりで部屋に隠ってやるのでなく、青空の下でみんなと!「おうふくびんたのようで脳震盪をおこしそうです。」そんな〜〜〜。職人仕事はきっとそういうレベルです。でも今は少しでも過去の技術を伝承することがまず第一でしょう。もっと楽しくできないものかなァ?きっと好きな人が集まれば。「いま他のだれでもなくルダーに会って話したい、」ですね。ぼくも同感です。でも本を開けば、ルダーには会えます。これで十分なのかもしれない。(ごめん、部屋にはルダー、ホフマン、ワインガルトの聖なるポスターが、いつもぼくを見守っている)とにかく気を落ち着かせて、ひとつひとつやることです。ぼくはあなたの言ってることがなんとなくわかるような気がする。かつてワインガルトが早朝タイプショップで授業がはじまってまもなく、ぼくのとこにやってきて、突然「HITOSHI、昨日RUDERがFREIESTRASSEの靴屋にいた」っていってきて、大笑いしたのを思い出したよ。


299 2038 [2002.5.6_6:19]
Mit der grossen Hoffnung, dass Du auch die richtigen typographischen Satzregeln lernst, wuensche ich Dir weitere Erfahrungen im setzen und drucken! von Weingart 小泉さんも以前ここでおっしゃっていたように御大ご両人から「活字は経験だ」といわれてはgabelさんもいうように活版は個人にゆだねられいて自分を信じて続けるしかないように今思います。
>ただバーゼルにしろチューリッヒにしろ、もう教育として、生徒に活字に関する最高の場所を提供することはもうできないと考えてカリキュラムを打ち切ったということもあると思うし、ワインガルトもそのような考えなんだと思います。私もそう思いますが。チューリッヒで活字を習っていたという兄弟を持つ東京に二日だけ滞在したことのあるもとスチュワーデスと土曜日話しました。聞き間違えかも・・・未確認情報です。


300 koizumi [2002.5.6_9:06]
gabel/hirnさん、2038さん、ふたりともぼくがBBSやめるといったので、駆け付けてくれたのか。いいひとたちです。ありがとう。でもやっぱり、末期的症状かもね。nさんも実際に会って話している人だし。とにかく、ふたりとも元気ですか?おとといかな?ワインガルトから電話があった。このまえは、引越しのカードありがとうございました。それとFHBBの入学願書無事届きました。どうもありがとうございます。パンフレットのデザインどう思われますか?チューリッヒでは今でも活版できます。Berufsschuleです。ワインガルトといっしょに2000年に見に行ってます。夜また書きます。


301 koizumi [2002.5.6_21:30]
さて、東京は夜です。だんだんタイポグラフィのキーワードがgabel/hirnさんの会話に頻繁に出てきて、しっかり勉強しているのがわかりますね。ぼくの本はすべてがくわしくありません。興味をもったものを積極的に独自に調べてください。つまり、ぼくの本を簡単に超えてください。Magazine FHBB Nr.7/バーゼル造形芸術大学HGK Baselのvis_com06ページにぼくの作品載ってるの、知ってる?ビックリしたよ。あとワインガルトのポートレイトかっこいいね?先生方はこの写真の人たちで全員?
2038さん、そうでしたか。まったく気がつきませんでした。いろいろと今までありがとう!いや「かな」で書かれていたので、ある本の影響を受けたのかなって?「カナ」だったらぼくだけど。しかし、そうではなかったのですね。考え過ぎちゃった。学校のマックで?でもどうやって?2バイトの暗号でかいたの?自分を信じて、何ごとも続けるのはいいことですね。活版はとくに。


303 2038 [2002.5.7_2:24]
koizumi先生、2004年、バーゼルと東京で個展をする予定って。Kunsthalleですか?終焉について、私が小泉先生を知ったのはデザインの現場の留学案内ですがお話すようになったのはインターネット通じてです。いろいろとご迷惑をおかけしましたがありがとうございました。新たなサイト・デザインで開く。となれば私みたいな贋物も出てこないとおもいます。かなに関しては漢字変換プログラムがないみたいです。Und ich bin nicht fleissig! おっしゃるとおりです。何も変わってないですけど。


305 gabel/hirn [2002.5.7_7:36]
Magazine FHBB Nr.7/バーゼル造形芸術大学HGK Baselのvis_com06ページだけでなく、確かweb上も学部ページにものっていたと思いました。パンフレットの表紙については、賛否がありますが、一応先生がつくっているので、もちろん生徒にも影響してしまうのだと思います。ワインガルトが変わらずとも、あの表紙が本当は、いまのバーゼルなのかもしれません。


306 n [2002.5.7_21:34]
gabel/hirn様、実は春先からずーと、どんな終焉かとハラハラしてました。個人的にはgabel/hirnさんの書き込みを興味深く読ませて頂きました。それに、表現が豊かですね。自分のコトバで相手に伝えることができる人は魅力的だと思います。ここは1冊の本のようです。登場人物はみんな個性的で楽しい場所でした。
>いつかお会いしていただけたらうれしいです。
ありがとうございます、涙ちょちょぎれです。きっと会えますよ。出会いの接点は1度で終わるものではないし。バーゼルのおふたりを、日本の空から応援しています。


307 koizumi [2002.5.8_22:12]
2038さん、Kunsthalleなんて〜〜〜。ぼくは白南準ではありません。おそらく学校、あるいは迷路。モーリッツの影響?「お話しするようになったのはインターネット通じてです。」そうなんですよね。ほんとビックリしています。やっぱり、君とはどこかでつながっていたのですね。きついことを言ったこともありましたが、それを乗り越えて成長していることはたのもしく、今の君をここ東京で感じているとたのしみでしかたがありません。「私みたいな贋物も出てこないとおもいます。」君のようなバーゼルを経験している人が来ないのであれば、あまり新しいのを開く意味がありません。サイトは一切撤廃したくなります。
nさん、いろいろとありがとう。「出会い系タイポグラフィ」響きのいい言葉です。ありがたくいただきます。そう、ぼくは常に生きたタイポグラフィとそれを共にわかちあえる人を求めています。ここを閉じるということは次を、より確実な方法を考えて実行できそうだからです。ご心配なく。今思うと、多摩美の美術館でのレクチャーのおわりはやっぱりおおきな転帰だったのでしょう。それにしても、いろいろ楽しい話ありがとうございました。ぼくも勉強になっています。やはり、新BBSやりましょうかね。もちろん、みなさんに元気の素を供給するという目的です。
gabel/hirnさん、帰国される時連絡ください。会を設けましょう。「あの表紙が本当は、いまのバーゼルなのかもしれません。」そうかもしれませんね。結果よりプロセスです。バーゼルはバーゼルです。がんばってください。



379 koizumi [2003.4.26_11:31]
お知らせ:バーゼルの学校で
Summer Workshops 2003が
行なわれます。詳細は
>http://www.fhbb.ch/hgk/
>http://www.fhbb.ch/04/01/workshops/
HGKBaselSummerWorkshops.pdf
(PDFファイル 870KB)


[メモ]
2005/2006年とバーゼルでは
ふたつのSummer Workshopが行われております.>blogのへ


381 koizumi [2003.4.28_20:27]
みなさんへ、Book”Typography”/Basel chatのコーナーは本日をもって終了させていただきます。長い間の御愛好ありがとうございました。あまりにも詳細な話で一般のひと向けでないこと、そして限定された(バーゼルを知っている)人しか、意見を書き込んでいただけなくなったことが理由です。こちらもchatあらためbbs(掲示板)といたします。たま〜ァにぼくの意見も役に立つことがあるので閉鎖はしないことにしました。さきほどワインガルトから電話がきました。1年ちょっとぶりに、この夏バーゼルに行こうと思っています。たのしみたのしみ。



495 koizumi [2005.4.11_21:56]
昨日、アイデア310『大特集=日本のタイポグラフィ1995-2005』がおそらく書店に並んだことと思います。『タ読方』も載せていただきました。この号はそうそうたる人たちが作品を提示して、タイポグラフィへの生の意見も掲載した後世に残る冊子と思います。また、swiss typography past and present「スイス・タイポグラフィの過去と現在」講演会 ヘルムート・シュミット@青山ブックセンターの予告が先駆けて出ております。第2部では、ぼくもお話させていただく予定になっております。ご希望の方は申し込み、お早めに。


496 koizumi [2005.4.23_14:23]
5/15にABCで行なわれる「スイス・タイポグラフィの過去と現在」講演会が大変な人気であることが、昨日、朗文堂においての打ち合わせで明らかになりました。今からでは定員一杯のため申し込みができません。すみません。スタッフの方々の努力で100人のところ140人まで増員いたしましたが、空きはありません。これが限界のようです。さて、ぼくも加えていただく第2部ですが、約1時間という短い時間内でスイス・タイポグラフィをまとめなくてはなりません。基本的に完璧なことはできないのですが、できるかぎりのことはしたいと思っています。そこで、このサイト上で、シュミットさんへのご質問やどうしても話してほしいことがありましたら、事前に書き込みをお願いいたします。当日は円滑にことを進めたいです。どうぞよろしくお願いします。



501 s.nakagama [2005.5.10_3:37]
小泉先生,こんにちは。15日の講演会,楽しみにしています。シュミット氏への質問ですが「チューリヒ派とバーゼル派の違い」をシュミット氏の解釈でお聞きして頂けないでしょうか?個人的に少し興味深いと感じるのは,ブロックマンのファンには,シュミット氏のファンも多い気がするところです。(少なくとも私のまわりでは)この手の質問はウンザリかもしれませんが,私は小泉先生が日本人として初めてバーゼル・スクール・オブ・デザインに留学されるまで,日本ではバーゼル派はあまり理解されていなかったのではないかと感じています。例えば,私が持っている70年代の資料はルダーの『Typographie』を紹介しているものの「スイス派=チューリヒ派」と解説がされていたりします。(昨年12月の『pen』での「バーゼル派の本」という見出しには感動したくらいです)2001年にワインガルト氏が来日された際,氏はその違いをご自身の作品を例に「ホワイトスペースにスイス・スタイルの特長がある」またベートーヴェンの譜面を例に「指揮者によってその違いがある」と抽象的というか,幅を持たせた説明をされていた気がします。しかし「それをやりたいなら,ブロックマンの所に行きなさい,と学生に言った」というお話しもされていました。小泉先生は『pen』で「どちらも基本はグリッド・システム。チューリヒのグリッドは絶対ですが,バーゼルではグリッドを場面ごとに展開し,スペースを自由に使う。グリッドに支配されず,視覚的な秩序を優先します」と,とても簡潔で分かりやすい説明をしてくださっています。今度はシュミット氏から,その違いについて,考えをお聞きしてみたいのです。どうぞ,宜しくお願い致します。追伸:サイン会があるようですが『タイポグラフィの読み方』初版4年半物を持参しますので宜しくお願いします。(^^)


502 koizumi@NID [2005.5.12_16:04]
nakagamaさん、おひさしぶりです。流石完璧な質問ですね。質問コーナーというよりは第2部の話の流れで、この辺を話題にするのがよいかもしれません。ヘルムートの口から直に正確に聞くことが深い意味を持つと思います。ぼくは連休、日本各地をまわって、ちょっとへばってしまって、何か寒いし、風邪をひいてしまいました。一昨日から長岡で先生です。これから東京にもどりますが、何とか15日絶好調にしてみなさんに満足してもらえるように、がんばります。


503 koizumi [2005.5.17_9:32]
満員御礼。おとといのABC。みなさんほんとうにありがとうございました。ヘルムート・シュミットさんを囲んで、すばらしい会でした。ぼくにとっても一生に残る一日でした。きのうはその続きといってもいいぐらいすごくって、FILINGの織咲誠さん(おとといもいらしていた)とちょっとおもしろいことを仕組んでます。


505 zk/感想その1 [2005.5.17_15:35]
シュミット氏の講演会に行ってきました。書籍を眺めていただけでは知り得なかった当時のお話や背景を、美しい作品のスライドとともに紹介していただいて、大変興味深かったです。また、シュミット氏のバーゼルへのこだわりや深い敬愛の心が感じられるステキな(たまに辛口の)言葉が沢山とびだして、楽しくてたまりませんでした。2部の座談会もまた、バーゼルの空気や、シュミット氏の仕事ぶりの一端が伺えて、大変興味深いものでした。ゲストの方が皆タイポグラフィー(スイスに限らず)に真摯に取り組んでおられる、しかし少しづつ立場が異なっていた方々だったので、複数の視点でお話を伺う事ができたのも良かったです。


504 zk/感想その2 [2005.5.17_15:35]
個人的には以下のことが強い印象に残っています。○ゲストの方がおっしゃったバーゼルのスタイルはattitudeであるということ。○バーゼルとチューリヒについて。グリッドについて。○ユニバースと他の書体について。シュミット氏にとってユニバースとは。○ルダーTypographyの復刻について。○バーゼルスタイルの書籍が世に出た?時のドイツのブックデザイナーの評「バーゼルから本に似た物体がとんできた」(皮肉めいた評に思えるのですが、ゆえに当時としては革新的だったことが感じられました)○ルダーの逸話の数々。○ブロックマンについて。(多摩美美術館で見たアイデアスケッチを思い出して納得)皆さんのお話から敬意や情熱、真摯さ、誇り、喜び、憧れといったものが伝わって来ましたし、また聴衆にも熱気があり、タイポグラフィにまつわるジョークに反応して笑いの起こる雰囲気で、めったに味わえない幸せな空間でした。長旅でクタクタだった身体が終了後とても元気になり、本2冊分の重さもまったく気にならず地元に飛んで帰りました。こういう機会を作っていただいて、シュミット氏と関係者の方に感謝しています。


508 s.nakagama [2005.5.21_2:55]
小泉先生こんにちは。先日の講演会,素晴らしかったです。タイポグラフィは常に動き続けているのですね。『タイポグラフィの読み方』のソデには「Typography?」とクェスチョンマークが付いた言葉がありますが,私はそれを「ギモン」と,ネガティブに捉えていました。しかし今回の講演会のタイトルも「スイス・タイポグラフィ?」が候補になっていたと聞いて「?」は未来への問いかけの意味を持っているのだ,と理解しました。「チューリヒ派とバーゼル派の違い」については山本太郎氏の明快な補足もあり,理解が深まりました。シュミット氏が言われていた「デザインはバーゼル,チューリヒはアート」という言葉については,デザインの哲学が違うチューリヒから見れば,バーゼルの方がアートと見られているのでは?という気もします。客席にいらしていたウルムをよく知る巨匠にお聞きしてみたいところでしたが,残念ながら小心者の私は声をおかけする勇気がありませんでした(^^; 私がこの質問をしたかったのは,以前,ブロックマンのグリッドが引かれたハガキくらいのミニラフと,まったくの拡大版で仕上がったポスターを見た時に「大きさが違うのに同じ比率のグリッドで成立すれば,それでいいのか?」とギモンを感じたからです。紙面にふさわしい文字の大きさは,システムから生まれるのか?以来,グリッド・システムを心がけていた私には苦悩の日々でした。小泉先生が「スイスに行かなければ,スイス・タイポグラフィを修得できないか?というのは難しいことたけど違うと思う」と言われた時,こういう苦悩やギモンを持てた自分が救われた気がしました。と同時にタイポグラフィの厳しい道を感じます。つい「答え」を求めてしまいがちですが,結局は自分を信じられるよう精進していくしかないのだろうと感じました。余談、帰り道に活版関係者とちょっと飲んだのですが,小泉先生の個展の予告チラシが話題になりました。「未定,未定,未定…」絶対やってくださいね。楽しみにしています。


509 koizumi [2005.5.21_22:54]
s.nakagamaさん、そのとおりです。『タイポグラフィ?』っというタイトルはバーゼルでは伝統なんです。実はワインガルトの著書も相当の間?マークがついていましたね。(あれは5年以上かけて作っていました。結果、?マークとれましたが) アートとデザインという問いについては本当にむずかしいと思います。ぼくにはお答えができません。おそらく、バーゼルのタイポグラフィの姿勢ということに議論を移したほうがよいと思います。それは相対的なものでなく、タイポグラフィの姿勢の基準をどこに置くかということだと思います。つまり、どちらがどうという議論はぼくは好きではありません。ただチューリッヒ派のようなことはしたくないということは確実ですが。それとは別の議論に、シンメトリーとアシンメトリーがあるのです。ぼくは今日お茶のおけいこでした。瞬時に決定しなくてはいけないアシンメトリーの究極がここにはあります。すばらしい修行です。確かに、今、大学で教えていることがまさしくnakagamaさんが言われるサムネールと仕上り原寸との作業の違いです。そう、その場合、グリッドが今度は魔物になってしまいます。決してたよってはいけません。バーゼルを訪れたことがない人でもバーゼル、という話しも相当深い話です。実はぼくはこの話がKEYでした。それは日頃のタイポグラフィの修行につながるからです。おそらく修行にはきっかけがあるように感じます。ヘルムートが経験したバーゼル、ぼくが経験したバーゼル、その後数人の日本人の学生たちが経験したバーゼル、それぞれが正しいのです。しかし大切なことはその後の自分の中にあるバーゼルとの戦いなのです。存在といってよいのかな、これはすごく重いものです。。。ヘルムートはほんとうに偉大な人だと思います。話に出てきた亡くなったルッツともぼくは何度もお会いしています。彼はチューリッヒを拠点として、ルツェルンで教えていました。彼がバーゼルの学校の教室に一度ひょっこり来た時はすごく楽しかったことを覚えています。それは何かに回帰することの美しさなのかもしれない。どのような人にもそのような経験があると思います。それを心の底から大切にすることなのだろうと思います。やはり、その人の美しい心がそのままタイポグラフィに出るのです。それは修行の上になりたつ、美しい泉の水面に映されるようなものかもしれない。(ちょっと言い過ぎかな)そうですね、「答え」はぼくにもありません。道は続いています。生涯かけて何かを見つけることでしょう。ぼくの個展は悩みながら企画をしています。あるギャラリーでのある会話がありまして、そこで展覧会をする意味とは?どういうことなのか、ふとわからなくなりました。でも、どこかでやります。気に入ったところで。