欠一着

大徳寺370世/萬輝宗旭の横物墨蹟(1750年ごろ)。表具は穴が空いているし、超ボロボロ。
清代の宗門拈古彙集(しゅうもんねんこいしゅう)という白巌浄符の編の禅籍から、康熙3年の自序のはじめに、おそらく、
…鋒到銳時欠於趨避。總是墮身死漢。南泉父子可謂善轉身矣。善趨避矣。然細撿將來。 尤欠一着。且道那裏是他欠一着處。天井新云。南泉欠趙州一着。趙州輸南泉一機。作麼生會。千年故紙好合藥。趙州示眾。老僧今夜答話去也。有解問者致將一問來。…
この節から引用していると思われる。
「特にそれを借りている。そして通りの裏に借りている場所がある。」ということなのだろうか。不明が多い禅語。
肝心な千家との関わりですが、「不白翁句集」に、利休忌につづいて利休の菩提寺である大徳寺聚光院への墓参の句が載っている。また、この萬輝禅師が東海寺92世の輪番を終わらせて、琳光院に再興されたと記されている。おそらく啐啄󠄁斎若年と交流があったことだろう。
先日の玉舟宗璠のなぜか朱文印しかない「閑事(かんじ)」より、なんか深味がある言葉と奇妙な書、、、この謎に満足。
それにしても如心玉金襴の一文字、、、天然忌、まだこの軸だっていう円相には出会わない。
この玉舟宗璠は本歌だったようだけど、昔の前大徳は贋作ばかりよく見かける。とても慣れたすごい筆!おみごと。

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