My Ten Favorites by Ryuichi Sakamoto

commmonsに全25出そろったところで(月に二人の選だったのですね、サプライズギフトにしては予想より西洋の方や意外な人が少なかったのかな)。では、ぼく選の曲:
1.Yellow Magic[Tong Poo]
2.A flower is not a flower
3.El Mar Mediterrani
4.Riot in Lagos
5.中華三昧
6.E day Project
7.Rain[I want a divorce]
8.Bolerish
9.Hibari
10.Koko
ン〜もう一曲、頭の中に旋律が蘇るのだがどうしても曲名が出ないのがある、、、

bonus:
Sheltering Sky(OSTとして)
Thousand Knives-The End of Asia(組曲として)
American Feeling(サーカスのために)
Taking islands in Africa(David Sylvianと)
Foto Muzik(糸井重里のテーマ)
News23(筑紫哲也のテーマ)
明・る・い・よ(忌野清志郎と)
ぼく自身のために(高橋悠治plays)
以心電信(recording)
BWV974 II. Adagio(意外なCDセットの冒頭に。ワ〜いい、涙)
その時その時の心状で、ベスト10の曲は変化する…各コメントは書き出したら止まらなくなりそうなので、やめときます。最近の露出で想像していたよりお元気そうで安心しました。体力つけて早く良くなってください。

ps.#私が好きな坂本龍一10選#10favoritesryuichisakamotoでtwitterにあえて載せません(オフィシャルに残らないように、空気のように消える情報でありたい)。坂本さんは、大学生の頃に出会ってから神のような存在で、ぼくの中ではいつも完全で、近づくのがこわいくらいの絶対的な存在でした。でもその後、なぜかymo3人の中で唯一ほんの少し認めてくださった方で。病気をされてから、発表作品や最新作は、なぜか購入していない、ほとんど聴いてもいない(Orch.2014_3LPだけ予約して買った好きなライヴ盤、これが最後)。ですのでそれ以前の強烈な印象の作品から選曲しました。思えば恵比寿で行われた「健康音楽」というお祭りあたりから遠のいた。二本立て映画(CODA+async)を観ても何も共鳴しなかった。ただ大病されて、お辛いのだろうなと、悲壮感だけ。ymoも小山田氏がギターで入った頃から何がymoなのかわからなくなくなった、、、どうしてなのだろう。卒業したのか、この気持ちの意味がわかる日がいつか来るのだろうか。
とにかく、佃から日暮里に移る前の数年間プレイヤーでかけなかったものは全て手放した(当時の断捨離の基準)。坂本さんが関わったメディアはものすごい量があったのだけど、持って帰って来れなかった。今はもうほとんど手元にないので、聴くこと、観ることはできない。残ったのはLP数枚、CD50枚ぐらいかな。記憶の中の音楽。いずれも、スイスでもタイポグラフィでもぼくの流派にも属さないので、うちのアーカイブ・リストには残念だけど一つも載らない。エピソードとして一つだけ、Sheltering Skyのドイツ版サントラLPは、大音量で聴くとバーゼルの映画館での心境を思い出して、涙が出そうになるほど今でも心に突き刺さる。手放すことはないだろう。

AERA 1948号

p.5のとてもいい啓蒙書の話。Emmanuel Lévinasの定義:マルクシスト(marxist)「マルクスの思想をマルクスの用語を使って語るひと」とマルクシアン(marxian)「マルクスの思想を自分の言葉で語るひと」。

p.7の岸田の歴史に残る三つの便乗商法=1.安全保障体制の大逆転 2.原子力政策の大逆転 3.安倍氏の国葬

それにしても、近頃の表紙写真の酷すぎ。世の中は続きすぎのイケメンたちばかりで成り立っているわけではないし、だいいち写真の色が下品。(1949号でやっと女性になった。しかし依然同じ路線)

Le Pollen

このレコードは、ぼくの人生のかなりの心臓部です。
高校の時から、フランス映画に狂っていたし、全然ダメだったんだけど広尾に住んでいたフランス大使館の秘書の方に会話を習いに通っていたし、おじいちゃんのアールデコ展出品のことや、ボサノバは辺貞とかJobim周辺の名曲で日常的に耳馴染みだったし、1978年には生まれて初めての外国Parisに一人で行って、かぶれまくっていた(この頃吸ってたタバコは両切りのGauloises=ソニービルで買ってきてw)。当時は周りのみんなほとんどがアメリカに向いていだんだけど、違う視点のユキヒロ中心のこのレコードが、当時すごく刺激になって相まって、再び 1983年にパリ。ペイニョに会いに行ったのが、ぼくのスタートライン。とにかく、いい!このレコードは時々引っぱり出しては針を落としている。大好き、ちょっとでも出会えてよかった。ぼくにとってユキヒロは音楽人というより決め手を備えた文化人。(à Jean Cormier)なんかは至極+エミとロロw

https://www.discogs.com/ja/release/1993257-Pierre-Barouh-Le-Pollen

アンスティチュ・フランセの小冊子

『新しい暮らし方に目覚める–フランスの本を通して考えるエコロジー』がもうすぐ発行されます。小社のWH叢書『ボタニスト』を載せていただけました。とても光栄です!編集された在日フランス大使館アンスティチュ・フランセの西口由紀さんには多謝。
それにしても、用語というか「人新世」「持続可能な開発」「エコロジー」「気候変動」「環境保護」といったテーマで様々な視点で語ったフランスらしい読みたくなるような本がたくさん。まだ邦訳されていない本も多いのですが。…

残ったモノ、通り過ぎたモノ

…実は、やっと実家周辺のリノベーションが終わり、ようやく客人にお見せできるような施設に近づいてきました。活版やスイス・タイポグラフィはもちろん、この冊子にあるようなテーマ(うちのコレクションに関係あるもののみ)そしてこの近所の歴史的文化を感じられる場所になる予定です。アーカイブとは、なんでもかんでもの資料ではない。少なくても厳選して残ったモノ。
ここは図書館ではないし、個人のコレクターの足跡でもないので、読んで特に感じなかった本はその後すぐに手元から離れたし。おおおおにして、残っていたものは後日学生のためにとか、この本はいつか何かの役に立つ、、、といったような漠然としたモノ(著書の一般的な参考書も含め)。レコードも同じく。購入し直後に聞いて、二度と聞いていないものばかり。そのようなモノは今までの断捨離で全て消えた。通り過ぎたものはぼくにとって本質ではない(Reduction)。それを明らかにしておけば、実際のものが(例え複製や大量に作られたものであっても)生きてくる。
将来、ぼくと同じ思考のラインにのった人がいたら(つまり流派の手前)、はぐれないようにしてあげることができれば、人がここの情報を足掛かりに多様化できる。そのように構築したい。なかなか難しいが。

急遽献茶

今朝、訃報が飛び込んできました。aa.
高橋幸宏氏が永眠されました、悲し。大学時代夢中だったymoのお一人がいなくなってしまいました。Saravah!
彼のLPは全部持っていましたが、今は一枚もありません。(先日nfrで特集していましたが)オリジナル初発のCDとこのCDだけ。今日のお茶の自主稽古は当然、、、

「子ども」「障がい」

以下の漢字表記は好ましくない。
「児[どう]」
幼児の姿から作られた漢字。その年ごろが対象ではない子の場合には不適切な文字。
「[じ]童」
幼な子という意味。成り立ちは針で目の上を刺して(失明させ?)、重い棒で背負って。奴隷という意味。
「[こ]供」
成り立ちからそなえもののイメージが強い。差別的な表現ではないと主張しているが、膝をついて手で差し上げるというイメージ。
「[しょう]害」
漢字にすると、言葉の意味を的確に表していない。ネガティブなイメージが残るので漢字表記を勧めない。

余談:「障がい」のある「(子どもではないにしても大人ではない)学生」を「いじめ(しかも人前で自慢)」をした輩はどのような理由があろうとも、絶対にあってはならない許してはいけない事実、、、民生委員のDVDで研修中。

初釜会記

濃茶 卯昔 詰:一保堂茶舗
薄茶 式部の昔 詰:山政小山園
主菓子 寶ぶくろ 拾両・宝珠・小槌 鶴屋吉信
菓子 きれいどころ 伊勢源六たちばなや
菓子はいずれも縁起の良い頂き物。他道具は2021年と同じ。

new year 2023

実は昨年の作品は何もないので送ることはできないのですが、急遽頭の中にある露地のコンセプトを即興で組版して校正刷りにて、竹尾の「クリエイター100人からの年賀状」展 vol.18のために作成しました。なので途中の段階です。見本帖本店(淀屋橋と福岡でも、各々違うヴァージョン)で実物の展示を、どうぞお越しください。用紙は「ヴァンヌーボV ホワイト」を使用(ご覧のように過去のポスターを断裁して、銀一色乗せて刷ったもの)。
今年から、プライベートのご挨拶をしたためた年賀状は数枚、全て「書」で一枚一枚。人生初の挑戦が始まりました。超緊張しますw

昨年詳細を書きましたが、とうとうハガキ郵送の年賀状は化石に近くなってきました(得意先の代理店から年賀状廃止のお知らせがメールで)。グラフィックデザイナーによるそれは、単なる自己PRであり、極端な言い方をすると、不動産のチラシのようなもの。「音無川文庫」は昨年、当初お願いした大工が蓋を開けたらリフォーム屋で、大工の腕が悪く、ボンドで柱を止める始末w 途中で判明し5月一杯で引き取っていただいた。そのようなことがあり、和文活版のスタジオの整備が頓挫し、予定していた作業が遅れたため宇野はこの新たなスペースのディレクターとしてスタートすることができていません。
ぼくはこの印刷物にもあるように茶の湯と今までの解釈を重ね合わせ集大成としています。まだまだですが、ご期待ください。

大福茶

2023年、あけましておめでとうございます。
元日明けは夜咄のようにして、最後に自服を。七輪にて餅を焼き、雑煮を祝う。

道具は一部昨年のを差し替えました。
掛物 千里同風 即中斎筆 (反戦をこめて)
扇 千里同風 即中斎筆 (反戦をこめて)
茶杓 随流斎作「雨請」共筒(随流斎) 如心斎箱
茶碗 黒樂 紫野焼 銘:帰雁 鶴亭造 宙寶宗宇箱
蓋置 隅田川焼千切 7代白井半七造
床 七官青磁鉢、姫石菖 (写真は差し替える前:翠巌宗珉筆)
菓子 三ノ輪橋相州屋 栗蒸し羊羹