bbs 1000番目の書き込み

1000おめでとうございます。なんとなく記念っぽかったので(^o^)/~
2006.8.18
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どじょうさん、ありがとう!ひさしぶりのゲストさんですね。そう!1000を超えました。でも意見交換や情報提供がビッシリでこの数ではありません。最近のほとんどが自動的に送られてくるエッチなものや、くだらんサイト紹介のいたずらメールです。10年前はこんなことはなくて、いろいろな人の書き込みでにぎやかでした。(昔を懐かしむおじいさんみたいだね)>新しいサイトでは編集し直して登場します(1年以上かかった)。
きのう、「デザ現」の編集者にも話したのですが、1997年(仕込みは1996年)ちょうど10年前に、「デザ現」の連載と同時にHP上でWSをスタートしました。この10年でコンピュータ上で情報をやりとりをする、あるいはそれを体験するということが全くといっていいほど変わりました。日常になったというのかな、先日mixiに入って、より深くそれを感じました。加えて、希望塾のMLでもぼくが問題提起しましたが、素人の講演を聞いた解釈や感情でねじ曲げられた不正確なリポートをブログに書き込むという、おろかな行為の話もしました(プロの取材やインタビューとのちがい、ありかた)。つまり発信者の増加と発信内容の質のこと。
タイポグラフィ自体は全く変化していないのにタイポグラフィをとりまく条件や環境が急速に変化しています。これはタイポグラフィに限らず、日常であまり気がつかないものまで、、、(ぼくが大好きな京の町家まで)。でも、人が基本的に求め続けているものは同じだと信じています。一方、同じでは何も進まない場合があります。タイポグラフィの世界は、ぼくが興味を持ち出したころから、一人の世界にとじこもったり、集団でそれを閉じた世界にしてしまったり、ぼくはそれを解放することをしてみたかった。ぼくの本はその起爆剤になればよいと思っていました。今はある意味ではそうなってきて、かなりの層の人たちがタイポグラフィに興味を持って、有名なデザイナーだけが決してよい仕事をしているのではないということを証明してきているように思えるのです。とうとう次の段階になってきました。
ぼくのmindはいつもスイスでのタイポグラフィ・シーンがあります。1990年代、それは実に明るかった。ワインガルトその周辺の人たちがもたらしたものだとぼくは考えています。自由で輝くような時代だった。そのような時間は永遠ではないにしても、いつでも絶やさないでいたい。
どじょう>>>先日、定食屋でひとりでカウンターで食事をしていました。目の前の水槽にたくさんの「どじょう」がいました。ほとんど全員が水槽の底で固まってうごめいていて、ひとりひとりくねくねいろいろなポーズをして、まさに人間臭かった。ひとりだけ水面でほとんど動かないヤツがいて、死んでいるのかなって思っていたら、急に水面に顔を出して息を吸って、水底まで降りていって群れの中に入ってゴソゴソしてまた水面に上がってきて、元気がなくなって。。。おそらくもうすぐ死ぬのだと思うけど、そんなヤツつがいました。水の層、どじょうの層。
ここのところ、元気がなくって、でも。。。自分にきびしく。
いまだに、ときどきぼくのハイパータイポのワークショップやりたい方がいらして、「デザ現」編集部宛にメールをくださるそうです。新しいホームページでは「htypo classic」としてできるようにしたいと考えています。
日記みたいになってしまって、なんどもやめようと思ったけど1000を超えたのは、よかった。(^o^)/~の~が「どじょう」みたいですね。。。

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