軽い輩

「これをやっても」って、できるわけないでしょ。

「今日はエミール・ルーダーのタイポグラフィ展に行ったのだった。構造的で美しくいレイアウトにシビれた。やっぱりスイス系のデザイン、大好き。と同時に、これをやっても相手がよっぽどデザイン好きじゃない限り、絶対プレゼン通らないよなー、とも思った。。」

文字を見る眼光のようなもの

どなたかのツイートで、「タイプデザインの勉強をしている方が、大量のサンプルのコピーを考えていたがデジカメでバシャバシャ。良い時代になった。」とおっしゃっていましたが、
そうでしょうか、ぼくは、全く反対の意見で。
ぼくらの時代は、見ることができたその一瞬しかチャンスがないので(それが当然のことなので)、その場で見て、自分の目に必死に焼き付ける、(自分のものにする)訓練をしたのです。そのような能力が昨今弱まった気がします。もう二度と見ることができない印刷物、その場でしか見ることができない、だからそこに行く。その人に会いにいく。。。お願いする。
瞬時の無意識な能力、とても大切だと思います。
ただし、これは一般的な人にいえることで。
極稀に、両方備えていて、きちんと棲み分け、とても優れた人たちが登場していることも確かです。

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2013/04/18 8:57 > re
意見が割れたとき自分の言いたいことだけ言って別れたりいきなり電話を切ったりする人ってたまに居るけど、お互いに小さなわだかまりを抱えたまま鬱々と生きて苦しむことになるかもしれないので一瞬だけ踏みとどまってみよう

momo再読

はげしく同意!ここのところイチニチイチニチが同じ時間とは思えない。時計のスケールでは絶対に計れない不思議。まさしく内的時間。仕事の中の時間。Meister Secundus Minutius Horaが存在している。
@Michael_Ende_jp ミヒャエル・エンデ
私たちは内的な時間を尺度にすべきであって、外的な時間を尺度にすべきじゃないということだけは、再び学び直さなければなりません。私は『モモ』の中でそれを試みたわけですが、時計で測れる外的な時間というのは人間を死なせる。内的な時間は人間を生きさせる。 『三つの鏡』