厚労省:新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」を公表しました?

5月4日に、新型コロナウイルス感染症専門家会議からの提言を踏まえ、新型コロナウイルスを想定した「新しい生活様式」を具体的にイメージいただけるよう、今後、日常生活の中で取り入れていただきたい実践例をお示しされました。
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000121431_newlifestyle.html

茶道に直接関係ある事項:
– 人との距離*は、できるだけ2m(最低1m)空ける?
– 屋内より屋外を選ぶ。=野点を優先する。
– 会話をする際は。可能な限り真正面を避ける。=ある種の小間はNG。
– 症状がなくてもマスクを着用。=宗匠の献茶のように、普段の点前も亭主はつけ、客はいちいち外しながら?
– =客が帰ってから手は洗うが、水屋で顔は洗わない。着替えとシャワーも茶事ではすぐには?
– =水屋に石鹸? 手指消毒液の設置。作法に加えるのか?
– =会記に参加者の名を明記?
– =茶室の換気。
– =稽古及び茶会の前の体温測定、健康チェック(発熱や風邪の症状)。

と、いろいろあるが、まずは*Social Distancing Communication Platformでしょうか。このことにより距離的な、亭主と客の関係、客と客の関係、が完全に壊れます。例えば、正客が躙口を開け、茶室を見た瞬間に入ってからの行動を瞬時に判断構築するわけですが、それがくるう。つまり次客以降の行動はすべて、今までのようにできず、おかしくなる。どうするのでしょうか? そして、男同士客の濃茶のいただき方、完全にNGとなります。

など、この御布令が出てから、頻繁に、先生とメッセージでやり取りをしているのですが、多難すぎる。仮にすべての対策が今出来上がっていたとしても、その新しい作法をどのように全国の茶道の指導者たちに伝え、普及させるのでしょうか。気の遠くなる話です。というのも、茶の湯はそのように守られてきたもので、道具ひとつ扱う様 (おくこと、もつことなど)そしてその流れがひとつに統一されてきた。つまり、各々独自の判断による作法を禁じてきたからです。これが、ひょっとすると近未来こわれる恐れが出てきました。つまり、華道のように(タレントみたいな茶道家が登場するかも)なってしまう。断腸の思いです。

追記1. 濃茶を一人一人に点てる(練る)なんてこと、TVで発言した輩がいたらしいが、とんでもない。そんな重要なことを個人が勝手に決めて行っても良いのか。ありえない。
追記2. 茶道では、各道具には最小限の触れと動作、扱いも細やかであり、COVID-19対策には応用できることもある。

AERA 1722号

ちょっと前の号でしたが、、、p.31 広告代理店は見抜いた
… そういう世界を「第二デザイン界」と呼ぶことにした。テラ銭はないにしても、とても似ている。
「人気を量的に(特にSNSで)売るのに適しているのが第一デザイン界で、人気を質的な部分で売るのが第二デザイン界だと考えたい。」
デザイナーのタレント化。もはや黒子ではない。笑
それにしても、今の広告は芸能人だらけ。苦笑

瓜生外吉邸 跡地

小泉邸の隣人:
うりゅう そときち
– 東京本邸 北豊島郡日暮里村(現:荒川区東日暮里5丁目8, 9, 10, 14番地付近)
– 別邸 小田原市南町
大日本帝国の海軍軍人。最終階級は海軍大将。石川県出身。男爵
安政4年(1857)–昭和12年(1937)
加賀藩支藩の大聖寺藩士・瓜生吟弥の次男として生まれる。明治5年海軍兵学寮に入る。明治7年に設立された東京第一長老教会のメンバーになる。明治8年にアメリカに留学。明治14年アナポリス海軍兵学校を卒業し、同年11月に海軍中尉任官。
■妻 益田繁子 実業家 茶人・益田孝 男爵の妹
文久2年(1862)–昭和3年(1928)
津田梅子らとともに第一回海外女子留学生としてアメリカに留学。ヴァッサー大学音楽学校卒業。アメリカ生活は10年。現地で外吉と恋愛、帰国して結婚。
■子
●千代 カナモジカイ創設者・山下芳太郎夫人
●剛  明治19年– 次代当主/妻=布目満造の娘・秀子 明治29年–昭和2年
●忍  実業家・峠延吉夫人
●栄枝 政治家・森恪夫人
出典:
https://omugio.exblog.jp/21899087/
おそらく二度目の4月13日?の東京大空襲で、全部焼けてしまったのではないかなぁ。残念。

Asia is one

「アジアはひとつ」ではなく「東洋は一体」
「内からの勝利か、さもなくば外からの圧倒的な死か。」
ではなく
「外からの勝利か、さもなくば内からの圧倒的な死か。」
ではないのか?

RSO Records

Robert Stigwood explained the inspiration for ‘akabeko’ logo in a 2001 interview for Billboard:
I was in Japan with The Who and decided to set up RSO as an independent label. I had designers working on a logo, but I didn’t like any of them. Some Japanese friends gave me a papier-mâché cow, which is a symbol of good health and good fortune. It was on the mantelpiece in my office, and I thought, ‘Good health and good fortune, that’s appropriate. Just write RSO on it.
http://www.imgoor.com/media/1650970586064701159_7627793/