源マイクロプラスチック

https://www.nhk.jp/p/ts/Y5G7RL6WX3/episode/te/GL3WPY1VYW/

放送中。

NHKの「探検ファクトリー」という番組、素人が町工場を冷やかしでまわる極悪な番組なんだけど、今日のは、格別。
この「プラうちわ」マイクロプラスチック(MP)の源のようなもの。原料のポリプロピレン(PP)は、MPの主な発生源の一つ。MPは、5mm以下の小さなプラスチック片のことで、環境中に放出され、生態系や人体に影響を与える可能性があります。即刻、この世から無くすべき。特に蓄光骨のうちわはひどくて、分解が早く、すぐ粉々になって世の中に散逸する。15%おからだって、85%はプラじゃん。再生プラを使用したってプラじゃん。それが全てMPになって、地球上にばら撒かれるんですよ。再生じゃなくて回収して無にしなきゃ、使っちゃったらダメなんですよ。
本当に、伝統の竹の丸亀うちわを完全に復刻して、プラは消えてほしい。

まして、この季節(だから放送されたんだと思うけど)、夏フェスでタダで配られ、(タダのものは特に)自然の海野山に放置。もちろん、この業者や主催者は商売。最悪の結末は目に見えている。この繰り返し。いい加減にやめな!

棒画賛

棒画賛で有名な中原南天棒。ある逸話が、1873年(明治6年)九州巡回中、宮崎から大分にいたる国境で、百姓家の牛小屋の隅に南天の大木を発見し、主人から譲ってもらい、その場で引き伐って手ごろの棒にしてもらった。「これが私の竹篦、これで、天下の衲僧を打出する」同行の天恵、恵範和尚に「貴公は南天棒だ」いわれ大笑いした。という。多くの書は「道得南天棒道不得南天」南天棒鄧州(花押)とあるが、この書は似ているがその逸話ではなく、萬輝宗旭筆「可惜許…」とある。
 〈碧巌録〉第23則《保福妙峰頂》にあるそれは、「そのようなことで有頂天になっては困る」というセリフだった。おそらくここにヒントが隠されている。南天棒より遥か昔に現れた棒画は、〈碧巌録〉の「水は杖を将って試む。」なのではないか。
 一言一句:ちょっとした話や言葉のこと。
 一機一境:一機とは心の働きが動作に現れたもの。一境とは心の働きを外境によって示すこと。
 一出一入:一つの自由と否定のこと。
 一挨一拶:軽く触れたり、強く触れたりすること。
を示しているのであろう。大徳寺や永平寺の僧の棒画賛はめったにない。なぜであろうか。

隣のこと

さいごは心穏やかに、安心して工務店責任者(一級建築士)と接することができた幸せ。やっぱり仕事は人柄だよね。やっとだ。長い道のりだった。小泉家第三次工事終了、これで全ての工事が終わった。全9年かかったのか!借家の借主は、ぼくより一流だし、内装が楽しみ、それはこれから。庭には藤棚そして白加賀。

おおや & たなこ

隣の家「離れ(和活字の部屋以外)」を借主の方そして3人のビジネスパートナーの方々に無事引き渡した。「事実は小説よりも奇なり This is strange, but true.」何度もほっぺたを抓る。こんなことがあるんでしょうか?坂本さん!これからがとても楽しみ!!人生っていろんなことある、青い鳥はいるんですね!!!R不動産の緒方さん、どうもありがとうございました。
ベーグルがいいかなとも思った時期があった。BagelBaselとか言って、、、笑

牛か丑か

表千家と牛の関係、まず「牛頭天王(ごずてんのう)」かなと。祇園精舎の守護神とされ、京都東山祇園に鎮座して祇園信仰の神ともされ現在の八坂神社にあたる感神院祇園社から勧請されて全国の祇園社、天王社で祀られているからだ。この掛物は、5月18日に上御霊神社の祭礼に先立ち、厄除けのお札として、上御霊神社から下符された「牛王宝印」の護符を松風楼の床に掛けられ、庭内の松で作った松ノ木卓には、左の神折敷に「丸餅」と削った鰹節を供えるのが習いとなっているらしい。これは、表千家内弟子が務める仕事のひとつ。このことを門下に表しているのだろうと思った。また、俗に「オカラスさん」とも呼ばれるこの熊野牛王神符は、素盞鳴尊の別名であり、カラス文字で書かれた熊野三山特有の御神符。牛頭天王の御名の一部を受け誕生したと云われていて、これまで多くの武将の誓紙、連判状に使われたことでも知られる。
しかし、この扇は円相の中に普通の文字で「牛」と書かれている。円相と十牛図に関係があると言われていることを思い出した。常に第一図とされる尋牛(じんぎゅう)は、私たちが円のように完全でないことを自らの中にそれを見出しているから、いつでも何かを求めている。仏道に志しその答えを求めたり、生き方を模索しようとすることを「発心」という。これは、何かに導かれるように、あるいはきっかけでつき動かされるようにして茶道を始めるとき、人それぞれに動機がある。しかし、やはり茶道に引き寄せられる己がそこにあることを知る。茶の道場の門をくぐるとき、それはまさしく久田尋牛斎と即中斎が関わることに繋がるのであろう。

この掛軸からの推測、6,5寸の扇であったらしい。それも木版の。これは現在のオフセット印刷された稽古用扇子の前身かもしれない。つまり稽古中の結界。正しくはこのことであろう。究極の記号だ。茶席ではこの扇子は開かないのである。なので、持ち主がこのように表装したのだ。完全に内在を意味していた。でもやはり、牛に梅で、新年に掛けたのであろうか。

宗がつく名前

千利休は「宗易」であった、、、本日、雅号が先生に届きました。ぼくは「宗字(そうじ)」と名乗れます(おじいちゃんは彫金の雅号が「一香」、家系ではそれ以来)。表千家講師の茶名、宗名とも云うらしい。とてもうれしいです。思えば、平成元(1989)年に同門に入りまして、35年余、ようやく逆リスキリング達成。稽古場としては登録していませんが、とうとうここ字休菴にて活動開始です。これで、晴れて今から、胸はって生徒を持つことができます。しかし、作法や所作を教えることは、デザインとは訳が違います。実は、ぼくの茶道は、先生になることを目指してしていたのではありません。逆に全くその気はなかった。大学の先生でコリゴリ。でも、なぁんと今習っている先生から、「小泉さん、生徒をとったら?」と言われてから、なんとなく、その気になってきて、この流れになってしまった。実は活版の先生はとても類似している部分がある!そこを徹底的に追求していきたいと思います。とても興味がある点なんです。その真反対の例は、かつてバーゼルで或学生のことをワインガルトが「デザインをやるのはよいが、ここ(バーゼルの学校)には不適格だ」っと言っていたことを思い出す。
このことをわかりやすく説明、ン〜〜〜、極端な例、あの細川不東の茶碗が好きな方にも点前を教えなければならないw つまり、趣味嗜好思想が全然違う方にも点前は教えることができるということ。デザイン教育とは全く違うのです。複雑で説明しにくい、そういう領域に入ってきました。
このことは全般的に、茶の作法ということがいかに偉大かわかる。つまり、全く違う好みの方も、同じ流派であれば、同じ作法の点前をするのです。うちの社中は、少人数でそうはならないと思うけどw、、、ということで、発音的には(大好きな)宗二、(毎日している)掃除、ではありません。とにかく最近、とてもゆる〜い生活になってきてるんで、よい刺激です。
WH叢書『字休菴の栞』の発刊が遅れています。がんばらなくっちゃ。

豆腐自画賛

世の中は
ま売て四角亭
やはらか天
豆腐乃様奈
人尓奈れ人

「世の中は 豆で四角で やわらかで 豆腐のような 人になれ人」この句は大徳寺435世 大綱宗彦の『大綱遺詠』にあり、豆腐を題とした自画賛の掛軸で有名。絵はいやに尖った豆升の角にもかけているのであろうか、しかし、実際には和らかいのだと。今年の勅題の「和」にかけられることも多いのかと思う。しかし、即中斎が描く「とうふ」はそれとは違う。優しい。いかにも美味しそうな冷奴のような。茶家の宗匠が昔の大徳寺の僧侶の有名な軸とおなじく表すのはカバー曲の様で、とても多く見受けることができるが、これは珍しい。それにしても、お軸の状態が悪すぎる。この贈られた中島氏とは何者なのか?名古屋で出たものなのだが、、、
大好物の日本の豆腐は、中国のとは少し違うので調べてみた。起源ははっきりしない。しかし、明の李時珍『本草綱目』で豆腐を発明したとされている前漢の劉安のことがうたわれている。宋の朱熹の次刘秀野蔬食十三诗韵 其十二 豆腐詩に「种豆豆苗稀,力竭心已腐。早知淮王术,安坐获泉布」と、「豆まきも苗もまばらで、疲れ果てて心が折れそうになる。もっと早く淮王の術を知っていたら、春の布を掴むことができたのに」とあり、なんとなく関係しているのかなとも思う。