大隠

悟りきっていて、俗事に心を乱されない隠者。

なるほど、憧れる。「大隠(たいいん)は市(いち)に隠る」«王康琚「反招隠詩」から» 真の隠者は、人里離れた山中などに隠れ住まず、かえって俗人にまじって町中で超然と暮らしているということ。大隠は朝市 (ちょうし) に隠る。

小池知事の信義則は?

よくも言えたものです。=昨日の赤旗。

それはわかりきっていたことであって、いまに始まったことではないと思いますが。オリンピックはどうなるのでしょうか、コロナで傷ついている人々なんかまるでおかまいなし。菅の保身も全く同じく。「all現状しがみつき族」

AERA 1846号

pp.54,55今回の細野さんと鶴瓶の連載がとても興味深い。 「100%受け身」=ぼくは大学の教師を辞めてからこれに徹していた。ところが昨年から出版社を始めて、誘うことがある。これが間違いなのか? 笑。それにしても大瀧さんのボソッと言ったことがイイ!

8Kで文化財「ふれる・まわせる名茶碗」

東博の「特別展桃山天下人の100年」の帰りに気になったので寄った。なかなかおもしろい。国宝を手にするという考えがいい。とにかく今までは絶対にありえないわけだ。しかし、学芸員が茶碗を知らない人なんだなあというのが実感。このような茶碗をあのような状況と姿勢で触ることはまずありえない。裏庭の六窓庵か転合庵できちんとした作法で拝見するという企画にすべきと思う。それと茶碗の展示すべてですが、レベルをあと5センチ下げて欲しい。全て見込みをゆったり見ることができない。展示の担当者はほんとうに知らないんだなぁ、素人。残念。

それにしても信長秀吉家康三幅並んだお軸は圧巻。惚れ惚れする。

AERA 1825号

p.9の内田樹氏のコラムはとてもいい。

「大学人」=サラリーマン

「学者」=職人(ギルド)

まさしくこれだ。おそらく今は前者しか残れない。ぼくが大学をやめた多くの理由のうちの一つでもある。ある日、ペーペーの事務方から指図=命令を受けた。「教授会で決まったことだから、、、(当時の教授会はすでに全て事務方が作ったシナリオ)」と言われ、ぼくはそれをお前から押しつけられる覚えはない。完全な暴力であった。本当に腐った大学であった。何のためにぼくは当時デザイン教育を学生のために追求していたのだろうか。全てを疑った記憶が蘇る。

p.11の「すがすが(菅菅)しい=うさん臭い」という浜氏もまたいい。

史上最悪の総理大臣

えっ、このタイミングしかないと判断、ですと、単なる投げ出し。二回も同じやめ方。お前の薬なんてどうでもいいことだよ。悪いことしかしなかった輩、全く呆れる。ほんと国民をばかにしている。二度と人前に出てくるな!