the third dose

COVID-19 Vaccine Moderna Intramuscular Injection
Lot.3005791: two of us*
Does my COVID booster or additional dose have to be the same brand that I got before?
No, you can mix and match brands. The FDA(Food and Drug Administration) has authorized three vaccine boosters — Pfizer-BioNTech, Moderna and Janssen/Johnson & Johnson — and determined that it is safe to get a COVID-19 vaccine booster or additional dose that is a different brand than your initial dose or doses. https://www.hopkinsmedicine.org/health/conditions-and-diseases/coronavirus/booster-shots-and-third-doses-for-covid19-vaccines-what-you-need-to-know

comparison of Neutralizing antibody levels:
Pfizer–Pfizer–Moderna 31.7*
Pfizer–Pfizer–Pfizer 20.0
Moderna–Moderna–Pfizer 11.5
Moderna–Moderna–Moderna 10.2
Atmar RL, et al. MedRxiv. Oct 15, 2021./Munro APS, et al. Lancet Dec 18-31, 2021.

天佑庵

天佑庵茶室は東京府荏原郡目黒町字上目黒(津村順天堂創業者の)津村重舎氏邸にあり、邸はいわゆる目黒丘の一部にして西南に傾斜し、住宅本屋は高部に本席は庭園を隔てて、その低部にあり、もと名古屋の茶家牧野作兵衛翁が天明年間千宗左の邸にありし不審庵を模造したりしを移して、これに八畳客室八畳その次室及四畳半控ノ間等を配して一棟とし邸内に建設したるものとす。
牧野翁が利休好み不審庵を模するや、茶室はもちろん露地一切の現形を実写して、樹木の高低配置に及び、寸分違うことなきを期したりという。大正5(1916)年高橋義雄=箒庵(ほうあん)たまたま名古屋市に滞在中、牧野翁五世の孫作兵衛氏この茶室を譲渡するの意ありと聞き、これを前水戸藩主徳川圀順侯(明公)にすすめてその東京小梅邸(本所区向島小梅町)に移し、その地の旧名にちなみて嬉森庵と命じその扁額を松方海東公にこいしが、その後徳川邸移転の議あるにて及びてこれを上野公園内日本美術協会に移さんとしたるも、当時公園内に木造家屋の建設を許されざりしに依り、終に津村邸移築せしものなりという。しかるに工全く竣りてかの癸亥の大震災あり、小梅邸も美術協会も焼亡したるに、この席の目黒山に移れるばかりに、無事残存するを得たるは、全く天佑(天のたすけ)のしからしむる所なりとて、当初よりこの席の肝煎役たりし高橋氏の狂喜は、終に本籍を天佑庵と銘名するに至れるなりと、茶壇の一佳話として語り継ぐべきなり。
なお、京都なる不審庵は明治39(1906)年に火災にかかり、模造は決してすくなからずといえども、おそらく本籍の古きに及ぶもの非ざるべしという。昭和2(1927)年 川上邦基 記ス
 昭和33(1958)年に現在地である浅草寺伝法院内に移された。

Sonic ⓥ

★★★★★ 4.5 久しぶりに、お気に入りアプリを見つけた。iPhoneに落としてから2ヶ月ぐらい捨てないで続いているが、これはすごい。35Hzぐらいが効くみたい。

滴(しずく)

優れた茶人は、柄杓の扱いが自然で上手である。武士で言えば刀と最も似ていると感じる。道具というものは究極そういうものなのか。昔の茶人の点前を見てみたい。基本となる二種の量をブレないで、お湯(あるいは水)を汲めて注げることが肝要。扱いや持ち手はどのような時もいくつかの同じかたちの繰り返し。

  • 一杯に汲む=
    茶碗を温める時:
    茶を掃いた茶碗に入れる時:
  • 半分に汲む=
    茶碗を濯ぐ時:
    お仕舞に茶筅を濯ぐ時:
    水指から釜に水を差す時:
    (この場合、合や茶碗の大きさなど適宜。量は未調整)

汲みたい量にする:
柄杓の合が釜のお湯の中にある時に、柄杓の合の傾きで量を決めてしまう。
そのままの傾きのまま柄杓を上げてきて、
柄杓の底が、水面から離れてから、柄杓の合を水平にして上げる*。

滴:
釜から茶碗まで柄杓を移動させている間に、お湯が落ちない様に細心の注意を払う。柄杓の合の底は、凹型になっているので、水面から出た後に合の底面に未だ残っているお湯は、直ぐには合から落ちない。しかし、いずれは必ず一滴は落ちると予測すべき。それがいつなのかを測る。合の底面で一箇所に集まってくるお湯をその汲んだ直後にその場で落とすか、柄杓の移動中畳に落ちる前に、茶碗など移動先の中にお湯を入れるようにするのかその場の判断があらかじめ必要である。
水中で傾けた柄杓のその角度をそのまま変えることなく、柄杓の合の底を水面から上げると、斜めなためお湯の切れが良いはずなので、お湯は残らないで落ちるはずだが、それが一呼吸の間に落ちない場合が困る(*この瞬間)。また合を水面から上げた後、お湯が切れるまでしばらく待つのは作為的でよくない(絶対に振ったり揺らしたりしてはいけない)。何度やっても水面から離れる時の表面張力では完全に露を切ることができない場合がある。

注ぐ:
茶碗にお湯を注ぎ入れる時、茶碗の右側にお湯が垂れて、茶碗をとると畳が濡れているのは恥ずかしい。その原因は、柄杓の底の部分に伝ったお湯が茶碗の右の縁から外に出て、畳に落ちている。
はじめに、お湯を合から茶碗のどこに落とすかを決めて集中して注ぐ。絶対に茶碗の中心にお湯を落とさないようにすること。
茶碗の直径と角度を見る=落とし始めに茶碗の(7,8時位の短針がくる)左側手前の縁に近い所に、落とし終わるまでその位置を動かさないように注ぐ。つまり、寸分の狂いとブレは禁物。

炭道具・灰道具の記号

兜巾頭の火箸
鳥頭、菊頭、桐実頭、渦頭、丁呂木頭、椎実頭、宝珠頭、瓢頭、大角豆頭から選んで火筋として使うのだが、どれも好みではない。ぼくのは烏天狗には付き物、頭襟(ときん)、山伏がかぶる小さな六角帽子の形。十二因縁(鳩摩羅什訳)、十二縁起・十二有支(玄奘訳)にちなんでおり、「支分は、無明、行、識、名色、六処、触、受、愛、取、有、生、老死、これら無明暗黒の煩悩だが、悟りに達すれば空(emptiness)になり、不動明王の頭頂にある蓮華のように清浄である」という意味。現実の苦悩の根源を断つという仏教の基本的な考えのひとつ。

蓮の灰匙
利休型なのだが、匙部に蓮華文が板金の打ち出し仕上げになっている珍しいもの。古い仏具のよう。意味的には日常で用いられる陶製匙の散蓮華(ちりれんげ)と同じく、自然で本当に美しい蓮の花から散った花弁に見立てている。仏教で重要とされているのが、煩悩に穢されることのない清浄な仏の心をあらわす「白蓮華」と、仏の大悲(だいひ)から生じる救済の働きを意味する「紅蓮華」。泥に染まらず清らかで美しい蓮華は、仏典では清浄な姿を仏にも例える。また漢訳三本の妙法蓮華経は「白蓮華のように正しい教えを説く経」という意で経題に用いられている。蓮は7月中旬から8月中旬位にかけて開花し、近所の上野不忍池が名所というのも何かの縁である。

うちはこの二つの火道具によって、より一層清められる。

瓶懸

利休好みの手焙(てあぶり)というものがある。「鮟鱇(あんこう)」と思うが、どこに本歌があるのかわからない。黒くてとてもいい形をしている。何ともいえない佇まい。作は享保年間京都深草に住み、雲華などの土風炉で名を残した辻井播磨(遠州好みらしい、[千家は]永樂了全より90年近く前の方)。この頃に風炉の種類も増え、茶人の好みにより多種つくられたらしいので、形はアレンジしているようだ。この中に炭を入れるとほんわかして、暖かい。ぼくは持病で血の巡りがとても悪いので、ここのところの寒さに手が悴んで(活字を拾うときにもイイ)、これ本来は、待合でお客様に使っていただくのだが、失敬して自身で毎日愛用(オヤジが昔うちにあった小型のをよく金玉火鉢と言っていた=下品な言葉だがw)。ということはいつも火箸扱いの稽古!
実はぼくの灰はいろいろまぜこぜで全然ダメなのですが、そう言えば、佐久間先生が「他人からの灰は信用できない。」とおっしゃっていた。それが少しわかってきた感じがする。

初釜会記

道具は昨年と同じ。
濃茶 寅昔 詰:一保堂茶舗
薄茶 龍華の昔 詰:陽光園 佐久間宗信好
菓子 常のもっちり黒糖饅頭
花入 唐銅鶴首 京名越6代浄味造 大西浄中極
花 和水仙

omicronで余計な外出をしなかったため。常に近い。

Andrea Crestadoro

…その書物は一般大衆から遠ざけられ、啓蒙の光は消されるのである。The Art of Making Catalogues of Libraries: Or, a method to obtain in a short time a most perfect, complete, and satisfactory printed catalogue of the British Museum Library, 1856

菁々其一の合作

「特健藥(27名)」意味不明。先日の「東都名家寄合書畫(9名)」から時代を経て、

  • どんどん参加人数が増えた。(先日の「茶道具尽し器画賛(21名)」はその間、足立区立郷土博物館の合作(10名)も、たぶんそれ以前=この文晁の時代とは合作の様子が違ってきている。おそらく20年ぐらいは経過している)
  • カスケードみたいなグリッドをひく人が出てきた。(おそらく何人かまず自由に描かせて、その後人数に割る=段差(入れこのように)になっているところや対角線で三角に割っているところがある)隣接する文字や絵と干渉し合って台無しにしてしまうから。
  • 標題をつける人が出てきた。(不思議と周辺に余裕がある=事前にそう決めている感がある)
    といったように、どんどん進化していったのだろう。デザイン・レイアウトの進化にとても近い。という点でこのお軸はとても興味深い(先日の「茶道具尽し」はグリッドがなく、一部重なって一体化したり余白の空間もないため遠近や構図、漢詩の入り方、画面全体が支離滅裂)。
    この作品には戊午とある=1798年(其一3歳)のわけはない、1858年だろう、しかし亡くなる年の霜月かぁ、ありえない。十月にこの世にいない、、、すでにコレラ?で亡くなっている。直前に描いたのだろうか、、、贋作の可能性が高い。そうか、抱一のように弟子たちに模写をさせていたのか? いや、このような落書きはかえって代理でなく真筆だと思う。
    時代は変わりメンバーに共通点がない。27名中、長谷川嵐渓=若くして江戸に出て大槻磐渓の門下に入り、絵を春木南湖に学ぶ。このような人がいるんだ〜。完全にこの近所の話につながる。そして富取益斎(篆刻家)、帰山雲崖、行田魁庵みな越後の出身。どういうことを意味しているのだろうか。10年後の戊辰戦争に至るが、、、他も調べなくては、、、
    そして、正法寺にどうして其一のお墓があるのだろうか? 沼袋、おばあちゃんが住んでいた裏の寺。謎だらけのお軸。

new year 2022

今年も若干ですが印刷物の年賀状(昨年は出版物は実現しませんでしたので。予告)をつくりました 。なんと昨年中に刷り上がりました。また「クリエイター100人からの年賀状」展 vol.17のために。見本帖本店で実物の展示を、どうぞお越しください。昨年と同様竹尾が推奨している「グムンドバイオサイクル-FS」を使用。ぼくのはカナビス。宇野のはサイクル。https://www.takeo.co.jp/exhibition/mihoncho/detail/20220120.html
昔から現在まで、ぼくに直接依頼してくださり続いているのはこの企画ぐらいだろうか、、、それよりずっと遡り、駆け出しの頃、企画部長の木戸さんから突然電話がかかってきて竹尾の細かいデザイン仕事を頼まれて、やっていた頃のことを最近よく思い出す。楽しかった。SNSやメールが全くない頃の話です。なので、このために年賀状を拵えているに近いですがw 実際はこのように年賀状の体をなしてはいません(昨年は年賀状を毎年くださっているのに、ぼくが実家にいることを知らぬ輩もいたぐらいですからw)。世の中もそういうことでしょう。
今年は、長年企画を培ってきた「音無川文庫」の登場。とうとう始動です。ここ数年、この準備に労力を重ねてまいりました。全てを次世代のために。桃山時代から江戸時代の掛物に関わっていると日本の本来の紙はすばらしいとつくづく感じます。
昨年、晴れてTypeShop_gの敷地が、以前の倍になったので。そして、今までの建屋と活版を含めた施設設備も充実させるのが今年。
宇野はLetterpressと、もちろんデザインでStudio/Workshop。
ぼくはOffice/Archiveそして茶の湯ということになります。今、学芸員のための予備知識をつけています。
所蔵品は:
表千家にまつわる侘茶道具(掛物を中心に)
禅僧の書(大徳寺と永平寺を中心に=うちの教育に近い思想のものに限って)
日暮里と根岸の文化人(江戸琳派を中心に)
スイス・タイポグラフィ(バーゼルAGSを中心に)
活版印刷(バーゼル流と??に関する和文活字)
教育の流派(school)に関係する資料など。まだまだですが、ご期待ください。