版元ドットコムに掲載しました。ようやくここまで漕ぎ着けました。長い道のり、、、直取引代行トランスビューは素晴らしい!

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浜矩子氏の言う通り。スカ、つまり空か、外れ、だまされる、失敗。
江戸初期の棗。太字の了々斎在判。
盛阿弥初代は千利休のどのような塗師であったのだろう。その頃は十職は存在しなかったし、後に名付けられた利休形ではない形だったので所持することにした。蓋が浅く、身とのプロポーションが明らかに違っていて、合口端の位置がとても新鮮。とてもゆったりとしたふくよかな佇まいの棗。
ちりに近い板には小さな「盛」の針彫りがきちんとある。三代続いていたらしいが、後世の後彫りが多いとみられ、確証のある作には乏しいらしいが、そのようなことはあまり気にしない。とにかくとても古い黒棗で、黒のようだがほんのり飴色、とても使われた様子で気に入っている。
即中斎の円相の多くは中心に「夢」と書かれているが、そうではなく四角の枠の中と外の二円相。花押と箱書からしておそらく若書。家元1936–1979年なので1940年代の戦中であろうか。円相の大きさは各々、茶碗の中と同等に見立てることができる大きさ。小さい=おそらくちょうど即中斎の点茶での茶筅の纏めの大きさに匹敵。中に「天然」外に「坊守リヘ」ではないが、うちではこのお軸を天然忌に掛けるとする。如心斎から数えて六代後の家元の円相を。もともと、家元制度の基を作り出した中興の祖といわれる如心斎に敬意を表するために居士の遺徳を偲び9月13日に「天然忌」が営まれる。残月亭の床にその円相が掛けられ、白い芙蓉を入れられ、お茶湯を供えらる。肖像画はない。
それにしても、ゲルストナーの講演の衝撃的な円相もすばらしかった。思い出す。今日は重陽、菊の道具はまだない。

このような茶筅がある。驚いた。アルコール消毒ができる。よくある店先で和菓子と抹茶を振る舞うための道具には最適である。しかし、これは茶道では使えない、ありえない。使う気はしないが、きちんと点つのだろうか? 茶筅はとても微妙な道具で、竹であっても反発の具合で、茶碗の茶溜りとの関係などで全く点ち方が変わってくる。
茶筅とうじをしている時、竹の繊維にお湯が滲み入ってゆく香りがなんとも言えない。点てている亭主本人しか味わえない。精神統一の香りそのもの。
えっ、このタイミングしかないと判断、ですと、単なる投げ出し。二回も同じやめ方。お前の薬なんてどうでもいいことだよ。悪いことしかしなかった輩、全く呆れる。ほんと国民をばかにしている。二度と人前に出てくるな!
如心斎在判、碌々斎書付、3代宗哲造。利休梅蒔絵。個人的な見立てなのですが、超vipの客に一服だけ薄茶を点てる時にとてもいい大きさ。珍しいかたち、美しい。
https://www.hanmoto.com/bd/typeshop-g-press
登録させていただきました。とうとう刊行間近になってきました。
珍しいインタビューだった。赤旗なりの追究の記事でしたが、このNHK特番内容自体の矛盾をより正確に語ってほしい。おそらく、この国の将来、政治と報道のあり方に重要なことなのではないか。
https://crd.ndl.go.jp/reference/modules/d3ndlcrdentry/index.php?page=ref_view&id=1000249168
なるほど、落語でしたか。ほんとこうだよね(昨日思った)。早く笹乃雪に行かなきゃ。笑